▼椎名小夜子-グースとダック、あるいは月曜日に生まれた子供


 ―― 「行き着いた先にいたのがマンチキンだったのかそれともマン・チキンだったのか、その程度の違いでしかないんだ。」ドロシー・トゥイードル ――

 

 

 

【アメリカ・カンザス州のとある自治体警察所属、ヘンリー・キャロルの話】

 

 私はトゥイードル兄弟を幼い頃から知っています。彼らの物心が付いた頃には両親は既に死んでいたようです。二人とも孤児院という場所が余程性に合わなかったらしく、しょっちゅう脱走していました。

 私には子供がいなかったものですから、一時期は二人を養子に迎え入れる方が彼らにとっても良かったのではないかとさえ考えたものです。……そして決定を先送りしつづけてしまった事は、今でもまだ、強く後悔をしています。

 

 

 

 耳や鼻、指先から血が引くような感覚は、大なり小なり身に覚えがある。ドロシー・トゥイードルは乾燥した空気を吸い込んで、スンスンと鼻を鳴らした。

 電車のドアが開くたびに僅かに流れ込んでくる新鮮な空気が美味しい。

 犬に追われる牛の様に、ぞろぞろと出て行く人間は鬱陶しい。もっと鬱陶しいのは、これまた羊の群れの様に電車に乗り込んでくる人間と、その物珍しげな視線だ。だから日本は嫌いなんだ。汚れた茶色の瞳がゆっくりと細くなる。

 淀みのない金髪は、極端なグラデーションボブカットレイヤー。後ろ髪はうなじが見える程短いが、横から前方に流れる髪は胸下ほどまでの長さがある。真っ赤なジャケットに、黒く厳つい革のワークブーツ。170cmの身長にブーツの底を足した中性的な身なりの外国人が物憂げに立っている、休日昼間の山手線。致し方ない事だ。

 帽子をホテルに置いてきた事を、ドロシーは少し後悔した。被っていないと落ち着かないという訳ではないが、待ち合わせをするのなら逆に自分の金髪は丁度良い目印になると思ったから。

『どこもかしこもマンチキンばかりの国だ』

 ぽつりと零れる愚痴は訛りのない綺麗な英語。

 出身はカンザスだが、仕事柄、様々な国籍の人間を相手にすることが多いからだろうか。 電車に揺られながら、ブーツの踵を鳴らしてみる。トン、トン、と革とゴムがぶつかり合う微かな衝撃だけを感じる。

 遠い昔、お気に入りの靴の踵を鳴らすと何処にでも好きな場所に行けるのだと信じていたことがあった。今では苦くガキ臭いばかりの記憶だ。

 何処にでも行けると信じて走り出し、行き着いた先は何だった? そこに理想はあっただろうか。食う為に金を求め、金を求めて仕事を探して女を売り、そして捨て、友を得て、そして失う。与えると奪われる。奪われたら取り返す。 信じた希望の代金を考えて、ただただ虚しくなる。そうやって形成された現在の自分。

 ドロシーはそれが一番嫌いだった。

 

 

【エマ・キャロル婦人の話】

 

 ドロシーとトトは、全く似ていない双子だったわ。二卵性双生児だから、外見はあまり似ていなくてもそういうものだと思ってしまうけれど、まるで仲の悪い幼馴染みのようだった。

 だけれども、二人のことをよくよく観察すると、どことなく似ているところがあるように思えてくるの。

 例えば、二人ともシスターは嫌い。

 ドロシーは極端な無神論者で、トトは熱心な仏教徒……自己流のね。

 トトは辛いモノが苦手だけれど、ワサビやカラシを嫌わない。ドロシーは甘いモノが好きでは無いけれど、ハバネロを足して食べるような子。

 二人とも極端で、向こう見ずで、独りよがりで、本人がそのことをよくわかっているの。

 例えるならそうね……、まるで北半球と南半球みたいなのよ。

 

 

 

 トト・トゥイードルは走っていた。冷たい風を肩で切りながら人混みを駆け抜ける。向かってくる人間を上手く躱せるととても嬉しい。

「よう、忍者ァ! 今日も忍んでいるか!?」

 パーンと肩を叩いてくれる気前の良い他人がいる。誰だろう。そういう人は何人もいるから一瞬ではわからない。

「オハヨー・ゴザイマース!」

 でも、返事は景気良く返す。日本語はいつまで経っても上手くならない。いや、自分が好きなニンジャ・アニメーションの主人公も、カタコトの日本語だ。それなら別に、発音なんかどうだっていい。

 あからさまに自分を避ける人もいる。視線が集まる。

 当然だ。

 クロショウゾクに黒いダビ。額当ては、今日は首で結んでいる。いつもズキンに隠れている頭髪が日本の冬に晒されている。黒と金では普段以上に目立つような気がする。しかし、顔が見えているだけで日本の警察官たちは職務質問をしないでくれるのだから可笑しい話だ。

 アメリカンな忍者が、白昼堂々出歩いている。

 東京の繁華街で、待ち合わせ場所に向かってなるべく直線距離を選んで走る。歩道を。信号は、もちろん守る。集まる視線が心地良くて、ドラッグなどよりずっと清々しい気分になる。

 トトは知っている。自分の服装が、普段着ではないこと。金髪にクロショウゾクなど目立つだけで何も忍んでいないということ。見知っている者からすれば頓珍漢、初めて見る者からすれば仮装イベント。そういう他人の思い込みが、トトの理想とする自分になるために必要なのだと信じている。

 だから、トト・トゥイードルは辞めない。

 誰に何を言われても、仕事と私事が曖昧でも、笑い飛ばせば良いだけだ。

 それが、理想で、ヒーローで、ニンジャだと思っている。

 

 

【日之本山根製薬本社勤務・研究主任、山根紅葉の話】

 

 トゥイードル兄弟……?

 ああ、Dさんとトトさんですか。双子だったんですか? 知らなかったです……。

 お二人には、平素からお世話になって戴いています。ボディーガードですね。はい。

 表立って話す事ではないですよ? 問題ありませんか? そうですか……。

 確かに、今、世界の情勢は不安定です。表も裏もバランスがガタガタです。そういう時に、何が求められるのかというと様々な答えがあるでしょうが、我々は武器と答えるようにしています。自衛と反撃の為に、です。哀しいですが、どうしてもそうなってしまう。自分のように弱い人間は何かを盾にして縋るしかない。風邪薬の裏側で生物兵器を作り、喉飴に混ぜて武器を輸出入する。自分より強い人間に権利を売り、自分より弱い人間に金を与えて管理する。だから「ヤマネズミ」だなんて、言われてしまうんですね。はは……。

 だから、Dさんも、トトさんも、とても強い。

 良くも悪くも自分のことを知っているんだ。そのうえで、好きか嫌いかの判断を自ら下して生きている。そういう人の事を、自分は悪く言えません。

 トトさんは武装集団、Dさんは闇金融、自分は麻薬カルテルだけども、これからも良いお付き合いをさせて戴ければいいな、と、思っています、と、お伝え下さい。

 ああ、でも、Dさんの本名は「ドロシー」というんですね。初めて知りましたよ。ずっと、名前なんか捨てたって聞いていたから。

 

 

 

 ―― 「鶏が先か、卵が先かを語る前に、誰が鶏なのか決めるべきだ。」トト・トゥイードル ――